夜の電車

夜おそくの電車は、すこし正直だ。乗客はみな疲れていて、誰も互いを見ていない。窓の外は暗く、ガラスは鏡になる。そこに映る自分の顔を、私はときどき他人のように眺める。
昼のあいだ、私たちはずっと何かに追われている。通知、締め切り、次の予定。けれど夜の電車のなかでは、その追跡がふいに途切れる。行き先はもう決まっていて、いまはただ運ばれているだけ。何もしなくていい時間だ。
考えごとは、たいていこういう時にやってくる。机の前で腕を組んでいるときではなく、手持ちぶさたな十五分に、ふと。
だから私は、この時間を惜しむようになった。かばんに手をのばしかけて、やめる。窓の暗がりを、ただ見る。映っているのは、今日一日ぶんの自分の顔だ。
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